3月 182013
 

綾瀬(アヤセ)

地名 : 足立区綾瀬・西綾瀬・東綾瀬
駅名 : 綾瀬駅(JR常磐線・東京メトロ千代田線)、北綾瀬駅(東京メトロ千代田線)
川 : 綾瀬川

綾瀬川から

綾瀬川 = 埼玉県東部から東京都東部を流れる川。埼玉県北足立郡伊奈町北方が水源。埼玉県草加市付近から南流して東京都足立区綾瀬付近を通り、しばらく荒川と平行して流れ、葛飾区東四つ木一丁目・西新小岩五丁目付近で中川に合流する。長さ約48キロ。

綾瀬とは、いくつもの流れが交差して綾になって流れる様をいうそうです。

Huge clock 時計 in front of the Ayase Station 綾瀬駅 exit in Adachi Tokyo Japan
Huge clock 時計 in front of the Ayase Station 綾瀬駅 exit in Adachi Tokyo Japan / Arjan Richter

3月 162013
 

巣鴨(スガモ)

地名 : 豊島区巣鴨、豊島区西巣鴨
駅名 : 巣鴨駅(JR山手線、都営三田線)、西巣鴨駅(都営三田線)

この地は昔、湿地帯で大池が多数あり、多くの鴨が棲み、巣を作っていたことから「巣鴨」となった、という説がありますが、その由来は定かではありません。

 
「巣鴨」の文字から考えれば、鴨の巣があったから、というのは納得の由来となりますが、「スガモ」という名は、

州賀茂、菅面、州鴨、須賀茂、須賀母、州処面

とも書かれていたそうです。
昔の人は言葉の音が同じであれば、違う漢字を当てて書いたということは容易に想像できますが、これはちょっとやりすぎな感じを受けます。

そこで注目するのが「州(洲)」の文字。
かつてこの地はいくつかの川が流れ、大小の池(沼)が点在したことは容易に想像できます。
川が流れていたのですから、州もあったと思われます。
当て字の「州処面(スガモ)」の「州処(スガ)」とは、砂州(サス)※のことをいうそうです。

※砂州=流水によって形成される砂の堆積構造

そして、「面(モ)」という字は、この場合、水面(ミナモ)の面と同じ意味で使われているのではないか。
「面」とは正確には、表面という意味ですが、水面(ミナモ)といえばある程度の広さをもった池や川を想像するのではないでしょうか。

この地も州や池(沼)でできたそれなりの広さのある湿地帯であったとすれば、州を意味する「州処(スガ)」と、この場合は水をイメージさせる「面(モ)」が合わさって、「州処面(スガモ)」となったのではないかと想像します。(ちょっと無理がありますでしょうか?)

要するにその地形からということになりますが、こんな湿地帯であれば、水鳥も多かったでしょうから当然、鴨も巣を作っていたでしょう。
「州処面(スガモ)」なんて、めんどくさい漢字より鴨がいっぱいいるんだから、巣鴨でいいじゃねえか、となったのではないでしょうか。 (筆者の勝手な想像です。)

 
ここまでは、想像でしたが、この他に説をもう1つ。
この地は湿地帯だったので、葦(ヨシ・アシ)といった水辺の植物が茂っていたそうです。
それがスガモの由来という説もあります。

というと、なんのことがわかりません。
この場合、アシ、ヨシではなく、当て字にもあった「菅(スガ)」のことでしょう。
「菅(スガ)」とは、スゲ、カヤ、フジバカマ、アララギ、苫のこというそうで、どれも水辺や土手などに見られる植物です。

それらの植物がよく茂っていたので、菅(スガ)が茂るで、菅茂(スガモ)となったのではないでしょうか。
しかし、それなら「菅茂」の当て字があってもよさそうですが、ないということは、後からのこじつけの可能性があるのかもしれません。

葦(ヨシ・アシ) = イネ科ヨシ属の多年草。
スゲ = カヤツリグサ科の一つの属である植物(詳しくはお調べください。)
カヤ = イネ科の多年草。古くから屋根材や飼肥料などに利用されてきた草本の有用植物の総称、チガヤ、スゲ、ススキなど。
フジバカマ = キク科ヒヨドリバナ属の多年生植物。 アララギ = ノビル、ネギ属の多年草 苫(トマ) = スゲやカヤのこと。

巣鴨 Sugamo 巣鴨 Sugamo / densetsunopanda

3月 152013
 

亀有(カメアリ)

地名 : 葛飾区亀有
駅名 : 亀有駅(JR常磐線)

 
亀の背中のような土地だったから。

亀に関係した地名ですが、実際に亀がいたとかということではなく、この地が亀の背中(甲羅)のようにこんもりと盛り上がった土地だったからだそうです。
室町・戦国時代までこの地は、「カメナシ」(亀無・亀梨)と呼ばれていたそうです。
「カメナシ」の由来としては、亀(カメ)の背中のような形を成す(ナス)土地の意味で、亀成す(し)が「カメナシ」となったとされます。

しかし、「カメナシ」の「ナシ」は、「無」とも表記され、物事を否定する言葉であるため、それを忌み嫌い、「無」の反対語の「有」に変え、今の「カメアリ」としたそうです。
1644年(正保元年)、江戸幕府の国図作成の際に亀有に変更されたそうです。

P1070798
P1070798 / gugod

2月 242013
 

町屋(マチヤ)

地名 : 荒川区町屋
駅名 : 町屋駅(東京メトロ千代田線、京成電鉄)、町屋駅前(都電荒川線)

定かではありませんが、2つの説が有力です。

①古くから人が住み、町(集落)があったから。

国語辞典で「町屋」とは、町の中の家、商家、町、とあります。
「マチヤ」というと、京都の町家(屋)が有名ですが、要するに人が住み、家が連なる様子ということ。

②耕作に適した良質の土地を「真土(マツチ)」と呼びます。
「真土(マツチ)」とはその土地だけでなく、その土のこともそう呼ぶようで、良質の土の意味でもあります。

かつてこの地では、焼き物や土壁の土等、生活に使われる良質の土が取れたそうです。
その土は沢から取れたので「真土谷(マツチヤ」となり、それがマチヤ(町屋)になったとされます。
良質な土を売っていたかもしれず、「真土屋(マツチヤ)」もあったのかもしれません。

Kingyo-ya Kingyo-ya / Omar + kamitera

2月 182013
 

石神井(シャクジイ)

地名 : 石神井町(マチ)、石神井台(ダイ)、上石神井(カミ)、上石神井南町(カミ・ミナミチョウ)、下石神井(シモ)
川 : 石神井川
公園 :石神井公園(練馬区石神井台1・2、石神井町5)
池 : 石神井池(石神井公園内)
神社 :石神井神社(練馬区石神井町4-14)

 
井戸を掘ったところ、神の石が見つかったので。

この地で井戸を掘ったところ、細長い棒状の石(石剣とも呼ばれる)が見つかり、これを石神(イシガミ)として祀りました。
石神の見つかった井戸の意味で、石神井となったそうです。
この石神は、今も石神井神社に祀られているそうです。

この石神(イシガミ)が「シャクジン」となり、井戸から見つかったことから「井」を合わせて、石神井(シャクジンイ)が「シャクジイ」になったとされるようです。
それにしても、普通は「シャクジイ」とは読みませんよねえ。

また、この石神が出土したのは、今の石神井公園内にある三法寺池とも言われていますが、真偽は定かではないようです。
石神井公園は、「ド根性ガエル」の舞台でもあります。

石神井の名は、古くは鎌倉時代にはすでに見られるそうです。

Meigetsuin Kamakura, Kanagawa Prefecture
Meigetsuin Kamakura, Kanagawa Prefecture / photoantenna

2月 132013
 

青葉台(アオバダイ)

地名 : 目黒区青葉台

 
草木の多い土地だったので。

今では高級住宅地と言える地域ですが、昔は樹木が多く緑の豊かな土地柄だったそうです。
青葉の生い茂るイメージからこの地名になったそうです。

1969年(昭和44年)できたごく新しい地名です。

青葉台
青葉台 / Dakiny

2月 112013
 

六本木(ロッポンギ)

地名 : 港区六本木
駅名 : 六本木駅(東京メトロ日比谷線、都営大江戸線)
      六本木一丁目(東京メトロ南北線)

 
諸説あり、というより不明といのが正しいのかもしれません。
ですが、六本の木が関係していたようです。

①六本の松があったから。(榎という説もあるようです。)

②六人の落武者が逃れてきて、この地にあった五本の榎の元で五人が自害し、一人はさらに逃れて一本松の元で果てた。 五本の榎と一本の松を合わせて、六本木となった。

③江戸時代に大名屋敷がこの地にあり、名前が「木」に関係する大名家が6つあったことから、六本木になった。
 その大名家は、「上杉」、「朽木」、「青木」、「片桐」、「高木」、「一柳」といわれていますが、6大名全てがこの地に屋敷があったという記録はないそうです。

④六方庵という大屋敷があり、その庭に六本の松の木があったため。

いずれもはっきりした記録(資料)がないそうです。

この地はかつては何もないとても寂しい土地だったらしく、徳川二代将軍秀忠夫人(お江?)の葬儀で功績のあった僧侶にこの地が与えられ、お寺を四つ建てた事から門前町ができ、栄えたそうです。
当時の人が昔を偲んで、「この辺は、昔は何にもなく、あると言えば木が六本くらいなものだった。」などと言っていたのが案外、真相だったりして。

※徳川二代将軍 秀忠 = 1597年(天正7年)~1632年(寛永9年)

古くは六本木町という名でしたが、1967年(昭和42年)に「六本木」となりました。  

六本木ヒルズ_01
六本木ヒルズ_01 / Span X

2月 102013
 

代官山町(ダイカンヤマチョウ)

地名 : 渋谷区代官山町
駅名 : 代官山(東急東横線)

 
諸説ありますが、由来となる資料がなく、由来は不明とのことです。

①代官屋敷があったから。

②代官(所)の所有地であったから。

③代官が管理する山林であったから。

代官が関わっていたことは間違いないようですが、詳しくは不明です。

1889年(明治22年) 南豊島郡渋谷村大字下渋谷代官山
1909年(明治42年) 豊多摩郡渋谷町大字下渋谷代官山
1928年(昭和3年 ) 豊多摩郡渋谷町大字代官山
1932年(昭和7年 ) 東京市渋谷区代官山町
1970年(昭和45年) 東京都渋谷区代官山町
東京の地名の由来 東京23区辞典 様を参照させていただきました。ありがとうございました。)

 代官山散策
代官山散策 / k14

2月 092013
 

門前仲町(モンゼンナカチョウ)

地名 : 江東区門前仲町
駅名 : 門前仲町駅(東京メトロ東西線、都営大江戸線)

門前町であることから。

寺社の周りに店や住宅ができ、門前町ができます。
門前仲町には、現在は富岡八幡宮(江戸相撲発祥の地)と深川不動尊(成田山新勝寺の別院)とがあり有名ですが、門前仲町の由来はこの二寺院ではなく、この地にかつてあった永代寺がそれになるそうです。

この永代寺は、現在の深川不動尊と深川公園、それから富岡八幡宮の一部を含む大きな敷地を有したお寺で、富岡八幡宮の別当寺だったそうです。

※別当寺  = 寺を管理する寺

(永代寺の創建が1624年(寛永元年)、富岡八幡宮の創建が1627年(寛永4年)ですので、元々あった永代寺が富岡八幡宮の管理寺になったということでしょうjか。)

しかし、永代寺は1868年(明治元年)の神仏分離令で廃止となったそうです。
一度は廃止された永代寺ですが、永代寺の塔頭(タッチュウ)の吉祥院が1896年(明治29年)永代寺の名称を継承し再興されました。

※塔頭(タッチュウ) = 大寺院の敷地内にある小寺院。

地名としては、古くは永代寺門前仲町と呼ばれ、1869年(明治2年)に富岡門前仲町、その後合併や移転を経て、1969年(昭和44年)に「門前仲町」なったそうです。

門前町は納得ですが、「仲町」となったのはなぜでしょう?
そのを説明するものは見つかりませんでしたが、「門前町の中心」という意味なのかなあ。

eidaiji

2月 062013
 

葛西(カサイ)

地名 : 江戸川区北葛西(キタ)・西葛西(ニシ)・中葛西(ナカ)・東葛西(ヒガシ)・南葛西(ミナミ)
駅名 : 葛西駅・西葛西駅(東京メトロ東西線)、葛西臨海公園駅(JR京葉線)

葛飾郡の西側なので、葛西。

区名でもある葛飾の元になる葛飾郡ですが、その由来は不明です。
葛飾の記事をご参照ください。)

古代の文献、下総国葛飾郡大嶋郷戸籍 (シモウサノクニカツシカグンオオシマゴウコセキ、721年(養老5年))にもその名が見られるように、この地はかつて下総国葛飾郡の一部でした。
中世になると地形の変化により、江戸川を境にし西側を葛西郡、東側を葛東郡と呼んだそうです。
この葛西郡の「葛西」が今の葛西の由来です。

純粋に「葛西」だけの地名はありませんが、東西南北中と広範囲の地名として使われています。

Tokyo Skytree from Edogawa-ku, Kasai bashi Tokyo Skytree from Edogawa-ku, Kasai bashi / Manish Prabhune(マニッシュ)

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