都営浅草線

4月 202014
 

日本橋(ニホンバシ)

地名 : 中央区日本橋(日本橋○○は又今度)
駅名 : 日本橋駅(東京メトロ銀座線・東西線、都営浅草線)、東日本橋駅(都営浅草線)、新日本橋駅(JR総武線快速)
橋 : 日本橋
川 : 日本橋川
通り : 日本橋通り

橋の名前の日本橋から。

日本橋 = 中央区を走る中央通(国道1号線)の中央区を流れる日本橋川にかかる橋。

日本橋が架けられたのは徳川家康が幕府を開いた1603年(慶長8年)と伝えられ、江戸の街を造るために諸大名に工事をさせ、江戸城と江戸湾をつなぐために、平川という川を延長し、この川に架けられた橋が後に日本橋となったそうです。

日本橋は、東海道をはじめとする五街道の起点としても有名です。
現在では道路の起点を定める法律はないそうですが、戦前の道路法では、日本橋が道路の起点とする道路元標でした。
そのため、今でも国道1号をはじめ、いつかの国道の起点となっています。
( 国道4・6・14・15・17・20号線)

しかし、なぜその橋が「日本橋」になったかははっきりしないようです。

説としては以下のようなものがあるようです。

① この地から朝日が海上に昇るのが見えたため。

② 「二本の木(丸太)」で造られた橋であったため。

③ 諸大名が作った江戸の街に造られた橋であるから、日本中の人々が造ったという意味で、日本橋になった。

④ 江戸の中心にある橋であり、全国へ街道の起点であったことから。

江戸時代からある名前ですから、江戸が日本の中心となる期待を込めてつけられた名前と考えるのが無難ではないかと思いますが、いかがでしょうか?
日本橋の架かるこの川(平川)もその橋の名前から日本橋川と呼ばれるようになったようです。

日本橋

7月 182012
 

押上(オシアゲ)

地名(墨田区押上)
駅名(「押上<スカイツリーまえ>」駅:京成線・都営浅草線・東京メトロ半蔵門線・東武伊勢崎線)

何かが押し上げられたらしい。
押し上げられたのは、「潮」か「土」のようである。

今の東京湾は、かなりの範囲が埋め立てられて陸地となっています。
昔は、大小の川が東京湾に流れ込み、また運河が整備され水運が発達した都市でもありました。
このことから、満潮時や高潮の際は、現在の陸地部分にも「潮」が押しよせた(押し上げた)のは、たやすく想像できます。

またこの地域の形成が、潮または河川の力による「土」堆積によるものとする説もあり、河口が陸地になっていく様子から「押上」と呼ばれるようになったという説もあります。
「土」の堆積については、河川の氾濫で土砂が押し上げられたという見方もあります。
おそらく、両方ではないでしょうか。

P5040257
P5040257 / Zengame

7月 132012
 

戸越(トゴシ)

地名(品川区戸越)

駅名(「戸越」駅:都営浅草線、「戸越銀座」駅:東急池上線)

この地は、江戸時代に東海道において、江戸市中との境目にありました。
江戸の境目を越えて行くということで、江戸越えが戸越え(トゴエ)になり、それがなまって戸越(トゴシ)になったそうです。

戸越の「戸」は、江戸ではなく、谷戸(ヤト)とする説もあるそうです。

谷戸=丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形である。また、そのような地形を利用した農業とそれに付随する生態系。谷(ヤ、ヤト)、谷津(ヤツ)、谷地(ヤチ)、谷那(ヤナ)などとも呼ばれる。

日本一長い商店街として有名な、戸越銀座商店街は、関東大震災(大正12年・1923年)で被害を受けた銀座から、レンガを譲り受け、水はけの悪かった戸越の大通りに再利用し、このことから銀座という名前も譲り受け「戸越銀座」の名前が誕生しました。(日本初の○○銀座の誕生でした。)

この地域の地形はわかりませんが、水はけの悪い地域だったということは、「谷戸」の説もまんざらではないかもしれません。

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R0013362 / hirohama

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