都営大江戸線

2月 112013
 

六本木(ロッポンギ)

地名 : 港区六本木
駅名 : 六本木駅(東京メトロ日比谷線、都営大江戸線)
      六本木一丁目(東京メトロ南北線)

 
諸説あり、というより不明といのが正しいのかもしれません。
ですが、六本の木が関係していたようです。

①六本の松があったから。(榎という説もあるようです。)

②六人の落武者が逃れてきて、この地にあった五本の榎の元で五人が自害し、一人はさらに逃れて一本松の元で果てた。 五本の榎と一本の松を合わせて、六本木となった。

③江戸時代に大名屋敷がこの地にあり、名前が「木」に関係する大名家が6つあったことから、六本木になった。
 その大名家は、「上杉」、「朽木」、「青木」、「片桐」、「高木」、「一柳」といわれていますが、6大名全てがこの地に屋敷があったという記録はないそうです。

④六方庵という大屋敷があり、その庭に六本の松の木があったため。

いずれもはっきりした記録(資料)がないそうです。

この地はかつては何もないとても寂しい土地だったらしく、徳川二代将軍秀忠夫人(お江?)の葬儀で功績のあった僧侶にこの地が与えられ、お寺を四つ建てた事から門前町ができ、栄えたそうです。
当時の人が昔を偲んで、「この辺は、昔は何にもなく、あると言えば木が六本くらいなものだった。」などと言っていたのが案外、真相だったりして。

※徳川二代将軍 秀忠 = 1597年(天正7年)~1632年(寛永9年)

古くは六本木町という名でしたが、1967年(昭和42年)に「六本木」となりました。  

六本木ヒルズ_01
六本木ヒルズ_01 / Span X

2月 092013
 

門前仲町(モンゼンナカチョウ)

地名 : 江東区門前仲町
駅名 : 門前仲町駅(東京メトロ東西線、都営大江戸線)

門前町であることから。

寺社の周りに店や住宅ができ、門前町ができます。
門前仲町には、現在は富岡八幡宮(江戸相撲発祥の地)と深川不動尊(成田山新勝寺の別院)とがあり有名ですが、門前仲町の由来はこの二寺院ではなく、この地にかつてあった永代寺がそれになるそうです。

この永代寺は、現在の深川不動尊と深川公園、それから富岡八幡宮の一部を含む大きな敷地を有したお寺で、富岡八幡宮の別当寺だったそうです。

※別当寺  = 寺を管理する寺

(永代寺の創建が1624年(寛永元年)、富岡八幡宮の創建が1627年(寛永4年)ですので、元々あった永代寺が富岡八幡宮の管理寺になったということでしょうjか。)

しかし、永代寺は1868年(明治元年)の神仏分離令で廃止となったそうです。
一度は廃止された永代寺ですが、永代寺の塔頭(タッチュウ)の吉祥院が1896年(明治29年)永代寺の名称を継承し再興されました。

※塔頭(タッチュウ) = 大寺院の敷地内にある小寺院。

地名としては、古くは永代寺門前仲町と呼ばれ、1869年(明治2年)に富岡門前仲町、その後合併や移転を経て、1969年(昭和44年)に「門前仲町」なったそうです。

門前町は納得ですが、「仲町」となったのはなぜでしょう?
そのを説明するものは見つかりませんでしたが、「門前町の中心」という意味なのかなあ。

eidaiji

1月 232013
 

飯田橋(イイダバシ)

地名 : 千代田区飯田橋

橋名 : 飯田橋

駅名 : 飯田橋駅(JR総武線、東京メトロ東西線・有楽町線・南北線、都営大江戸線)

飯田橋という橋の名前から。

1590年(天正18年)、徳川家康(1543~1616)が江戸に入り、現在の飯田橋周辺を視察しました。
このときの案内役が飯田喜兵衛(イイダキヘエ)という住人でした。
家康は視察後、彼を名主に任命し、さらに土地の名前を、喜兵衛にちなんで飯田町(イイダマチ)とするよう命じました。
その後、この界隈は「飯田町」と呼ばれ親しまれました。

しかし、「飯田町」は愛称で正式な町名になったのは、明治維新後の1872年(明治5年)のことです。

1881年(明治14年)、飯田町の北側にある江戸城外堀に橋が架けられました。
この橋は町の名前にちなんで「飯田橋」と命名されました。

現在の「飯田橋」はコンクリート製で1929年(昭和4年)架けかえられたものです。

そして、1966年(諸和41年)に「飯田橋」が町名として採用されました。
かつての「飯田町」の地名は今はありません。

飯田橋外堀方面。
飯田橋外堀方面。 / yoppy

5月 272012
 

本郷(ホンゴウ)

地名(文京区本郷)
駅名(本郷三丁目(東京メトロ丸ノ内線、都営大江戸線))
通り(本郷通り)

※本郷とのつく地名は全国に200ヶ所近くもあるそうです。ここでは東京23区内の地名を対象にしていますので、ご了承ください。)

「郷」は、古代において行政の単位の1つででした。
先ず、国、郡がありその下に里が置かれていました。
この里が8世紀頃に郷に変わり、時代を経ると人民把握の最小単位となりました。

中世になりその地域で、政治的・経済的・流通的に中心となる役割をはたす郷を本郷と呼ぶようになったようです。

現在の文京区本郷は、その地にあった湯島郷の中心地を湯島本郷と呼び、室町時代から戦国時代に本郷と呼ばれるようになったのが起こりとされます。

Old boarding house - Hongokan 本郷館 #1
Old boarding house – Hongokan 本郷館 #1 / Guwashi999

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