東京メトロ

1月 232013
 

秋葉原(アキハバラ)

地名 : 台東区秋葉原

駅名 : 秋葉原駅(JR山手線・総武線・京浜東北線、東京メトロ日比谷線、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス)

※駅の住所は千代田区外神田・神田佐久間町になり、地名の秋葉原とは所在が異なります。
ここでは、地名の秋葉原として記載しますが、由来は同じようです。

かつての東京(江戸)は火事の多い街でした。
火事の延焼を防ぐために設けられた空地(火除地・ヒヨケチ)が由来となりました。
(でも、ちょっと複雑)

1869年(明治2年)12月、東京で大火がありました。
大火の被害を憂慮した明治天皇が、火事でできた焼け野原、現在のJR秋葉原駅付近に「鎮火社」を築きました。

人々はこの「「鎮火社」を、江戸時代に火防(ひぶせ)の神として広く信仰を集めていた秋葉大権現(アキハダイゴンゲン)が勧請されたものと誤解、「秋葉様」「秋葉さん」と呼びました。
※秋葉大権現(現在の秋葉山本宮秋葉神社(アキハヤマ ホングウ アキハジンジャ) 静岡県浜松市天竜区春野町領家841)

また明治天皇は、火事でできた焼け野原を火災時の緩衝地帯としたため、人々はこの空地を「秋葉の原」「秋葉っ原」と呼んだことが「秋葉原」の地名に由来します。

このときの鎮火社は、1870年(明治3年)に「秋葉社」となり、1888年(明治21年)に現在の台東区松が谷3-10-7に引越しし、秋葉神社(アキハジンジャ)となりました。
「秋葉社」の引越しは、 この地に駅を建設することが目的で、 この地にできた駅が現在の「秋葉原駅」です。(現在の東北本線の駅だったそうです。)

「台東区秋葉原」の住居表示は、1964年10月1日に「台東区松永町」、「台東区練塀町」から変更されました。

「秋葉」の読み方は「アキハ」と「アキバ」、「秋葉原」の読み方は「アキバハラ」と「アキハバラ」とそれぞれが使われていたようで、正しい東京便は濁って発音するなどと議論がされたようですが、結果として、「アキハバラ」になったようです。なぜそうなったかはよくわかりません。
神社は「アキハ」と読むのが正しいようですが、全国には同じ名の鎮火神社があり、中には「アキバ」と読む神社もあるようです。

勧請(カンジョウ) = 神仏の来臨や神託を祈り願うこと。また、高僧などを懇請して迎えること。
神仏の分身・分霊を他の地に移して祭ること。

 秋葉原の風景 12/17
秋葉原の風景 12/17 / tomoki-takahashi

1月 232013
 

飯田橋(イイダバシ)

地名 : 千代田区飯田橋

橋名 : 飯田橋

駅名 : 飯田橋駅(JR総武線、東京メトロ東西線・有楽町線・南北線、都営大江戸線)

飯田橋という橋の名前から。

1590年(天正18年)、徳川家康(1543~1616)が江戸に入り、現在の飯田橋周辺を視察しました。
このときの案内役が飯田喜兵衛(イイダキヘエ)という住人でした。
家康は視察後、彼を名主に任命し、さらに土地の名前を、喜兵衛にちなんで飯田町(イイダマチ)とするよう命じました。
その後、この界隈は「飯田町」と呼ばれ親しまれました。

しかし、「飯田町」は愛称で正式な町名になったのは、明治維新後の1872年(明治5年)のことです。

1881年(明治14年)、飯田町の北側にある江戸城外堀に橋が架けられました。
この橋は町の名前にちなんで「飯田橋」と命名されました。

現在の「飯田橋」はコンクリート製で1929年(昭和4年)架けかえられたものです。

そして、1966年(諸和41年)に「飯田橋」が町名として採用されました。
かつての「飯田町」の地名は今はありません。

飯田橋外堀方面。
飯田橋外堀方面。 / yoppy

12月 222012
 

池袋(イケブクロ)

地名 豊島区池袋
豊島区池袋本町(イケブクロホンチョウ)
豊島区上池袋(カミイケブクロ)
豊島区東池袋(ヒガシイケブクロ)
豊島区南池袋(ミナミイケブクロ)

駅名 池袋駅(JR、東武東上線、西武池袋線、東京メトロ・丸ノ内線・有楽町線・副都心線)
北池袋駅(東武東上線)
東池袋駅(東京メトロ有楽町線)

学校 池袋小学校、南池袋小学校、池袋第一小学校、池袋第ニ小学校、池袋第三小学校
池袋中学校、西池袋中学校

この地域は、低湿地で湧き水も豊富だったそうです。
そのような地形ですので川や多くの池があったようです。
また「袋」には、「水辺、池川などの水に囲まれた土地、各川の落ち合ったところ」という意味があり、また水が湧き出る「ぶくぶく」にも通じているそうです。

そのため、地形の特徴である「池」と水に関する意の「袋」が合わさって、池袋になったものと思われます。

「池袋」は古くは戦国時代からその名が見られ、江戸時代の池袋村からきています。

現在の池袋西口の近く、ホテルメトロポリタンの一帯に、かつては「丸池」と呼ばれる池があったそうです。
この池が袋型をしていたという説、「袋池」と呼ばれていたとする説があり、この池が池袋の地名の発祥となったとする説もあります。
「丸池」は今はありませんが、その跡地が元池袋公園にありました。その元池袋公園も今はなく、丸池を偲んで、隣接地に元池袋史跡公園(豊島区西池袋1-9-2(メトロポリタンの北側))が造られました。

しかし、この「丸池」に由来する説を否定する説もあるようです。

筆者は昔、「池袋はかつて湿地帯で、ふくろうが多く生息していたことから、池・ふくろうが転じて池袋になった。」という話を聞いたことがあります。
調べてみると、そのような説はありませんでしたが、由来としては思わず納得しそうな話ではないでしょうか。

単なる偶然だと思いますが、豊島区には郷土玩具として、「すすきみみずく」なるものがあります。
秋の植物のススキの穂で作ったミミズクの人形なのですが、ミミズクといえば、そうですフクロウのことです。
あながち、池袋のふくろはフクロウだったりなんかして、っと思いたくなります。

ちなにみに、「すすきみみずく」は池袋駅から南東の方角にある雑司ヶ谷の鬼子母神で売られているそうです。
また、その由来というのがよい話で、昔、貧しくて病気の母の薬が買えず、娘が鬼子母神に祈ったところ、夢に鬼子母神が現れて「ススキの穂でミミズクを作り、それを売って薬を買いなさい。」とのお告げを受け、その通りにしたところ、飛ぶように売れ、母の薬を買うことができたという、伝説があるそうです。

ついでながら、ミミズクとは頭の部分の羽毛が耳のような形になっているフクロウのことだそうです。
そのフクロウですが、「膨らむ鳥」が転じて、フクロウという名前になりました。
「袋」という言葉は、元は「膨らむ」からくる言葉だそうですから、やっぱりここでもフクロウがつながった!?

Southern white faced scops owl
Southern white faced scops owl / Takashi(aes256)

7月 112012
 

上野(ウエノ)

地名(台東区上野・東上野・上野公園・上野桜木)

駅名(JR、東京メトロ銀座線・日比谷線、京成電鉄 「上野」駅)

公園名(上野恩賜公園)

諸説ありますが、その地形からが有力のようです。

大昔、この地域は東京湾に突出した岬だったそうです。
海岸が後退し、陸地になると低地部分からみて、上にある野(台地)ということで、上野となったというのが大体の意味のようです。

この上野に対して、低地部分を下谷(シタヤ)と呼び、この下谷も現在の台東区の地名に残っています。

また、江戸の町(おそらく江戸城周辺)から上(北)にある野原と言う意味からという説もあります。

この他に、藤堂高虎(トウドウ タカトラ、1556年~1630年、戦国時代から江戸時代初期の武将、大名、伊予国今治藩主。)が、当地の地形が本拠地たる伊賀上野(イガウエノ・現在の三重県西部 伊賀地方)に似ている点から「上野」と命名したという説。

小野篁(オノ ノ タカムラ。802年~853年、平安時代前期の官人、学者、歌人)が上野国(コウズケノクニ・現在の群馬県)での任を終えて京へ帰る途中で、当地に館を建ててしばらく滞在し、その際地元の人が篁(タカムラ)のことを呼んだ「上野殿」が地名になったという説。

というのもあるそうです。

20090615上野-02
20090615上野-02 / Hinata-sennin

5月 282012
 

落合(オチアイ)

地名(新宿区上落合、新宿区中落合、新宿区下落合、新宿区西落合)
駅名(落合(東京メトロ東西線)、下落合(西武新宿線))


落合は、川と川、道と道が合流している(落ち合う)所。
妙正寺川と神田川が合流する地形から。

P7243286
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