2月 052013
 

高円寺(コウエンジ)

地名 : 杉並区高円寺北(キタ)、高円寺南(ミナミ)
駅名 : 高円寺(JR中央・総武線)、東高円寺(東京メトロ丸ノ内線)、新高円寺(東京メトロ丸ノ内線)

曹洞宗の寺院、宿鳳山高円寺(シュクホウザンコウエンジ 杉並区高円寺南4-18-11 1555年(弘治元年)開山)に由来します。

 ※宿鳳山高円寺 =杉並区高円寺南4-18-11 1555年(弘治元年)開山


この地域はかつて小川があったことから、「小沢村」と呼ばれていたそうです。
江戸時代に徳川三代将軍 徳川家光(1604年~1651年)が、鷹狩りでしばしばこの地を訪れ、宿鳳山高円寺を度々休憩所として利用しました。
そのため、高円寺の名が広まり、小沢村から高円寺村に変更されたそうです。これが現在の「高円寺」の地名の由来となりました。 

高円寺阿波踊り

5月 262012
 

荻窪(オギクボ)

町名(杉並区荻窪)
町名(杉並区南荻窪)
駅名(JR総武中央線、東京メトロ丸の内線)

和銅元年(708年)修行僧が観音像を背負ってこの地を通ると、不思議にも急に重くなり、歩くことが出来なくなりました。
修行僧は尊像はこの地に縁があるのではと思い、周辺に自生していたオギ (荻・イネ科の多年草)という草を刈り取って草堂を作り、観音像を安置し草堂を荻堂(荻寺)と名付けました。
また周辺の地形が窪地(たぶん善福寺川のため)であることから、荻窪と呼ばれるようになりました。

この荻堂は、荻窪の地名発祥のお寺として現存しています。慈雲山荻寺光明院(東京都杉並区上荻2-1-3)

観心寺 如意輪観音 (Chintamanicakra)
観心寺 如意輪観音 (Chintamanicakra) / Dakiny

荻窪の賃貸マンション

11月 202011
 

杉並区(スギナミ・ク)

区名

甲州街道沿いにあった杉並木から。今はないそうです。

江戸時代の初期に、成宗村と田端村の領主であった岡部氏が、領地の境界を示すため、青梅街道に杉を植えました。
これが杉並木になり、人々に親しまれたことから「杉並」という俗称が使われていたようです。

明治22年(1889年)に村の合併により、新村名として俗称の「杉並」を採用し、杉並村となり、やがて杉並町となったそうです。
さらに昭和7年(1932年)に杉並区になりました。

岡部氏が治めた成宗村と田端村がどのあたりなのかは、よくわかりませんが、成宗の「成」と田端(畑)の「田」を合わせて、成田という地名ができたそうなので、今の杉並区成田東・成田西のあたりを治めていたのではないでしょうか。
今でいうと東京メトロ丸ノ内線の「南阿佐ヶ谷」と京王井の頭線の「西永福」の間くらいの地域でしょうか。

Hakone Old Highway - 01
Hakone Old Highway – 01 / Kabacchi

Get Adobe Flash player