2月 182013
 

石神井(シャクジイ)

地名 : 石神井町(マチ)、石神井台(ダイ)、上石神井(カミ)、上石神井南町(カミ・ミナミチョウ)、下石神井(シモ)
川 : 石神井川
公園 :石神井公園(練馬区石神井台1・2、石神井町5)
池 : 石神井池(石神井公園内)
神社 :石神井神社(練馬区石神井町4-14)

 
井戸を掘ったところ、神の石が見つかったので。

この地で井戸を掘ったところ、細長い棒状の石(石剣とも呼ばれる)が見つかり、これを石神(イシガミ)として祀りました。
石神の見つかった井戸の意味で、石神井となったそうです。
この石神は、今も石神井神社に祀られているそうです。

この石神(イシガミ)が「シャクジン」となり、井戸から見つかったことから「井」を合わせて、石神井(シャクジンイ)が「シャクジイ」になったとされるようです。
それにしても、普通は「シャクジイ」とは読みませんよねえ。

また、この石神が出土したのは、今の石神井公園内にある三法寺池とも言われていますが、真偽は定かではないようです。
石神井公園は、「ド根性ガエル」の舞台でもあります。

石神井の名は、古くは鎌倉時代にはすでに見られるそうです。

Meigetsuin Kamakura, Kanagawa Prefecture
Meigetsuin Kamakura, Kanagawa Prefecture / photoantenna

12月 162012
 

豊玉(トヨタマ)

地名 練馬区豊玉上(トヨタマカミ)
    練馬区豊玉北(トヨタマキタ)
    練馬区豊玉中(トヨタマナカ)
    練馬区豊玉南(トヨタマミナミ)

学校 練馬区立豊玉小学校
    練馬区立豊玉中学校

豊玉小学校から。(現 練馬区豊玉中4-2-20)

1876年(明治9年)に開校した豊玉小学校(当時は中村南蔵院(中村1-15)の借りて開校)は、その学区が当時の北豊島郡と東多摩郡のまたがっていたため、両郡から「豊」と「玉(多摩)」の字をとって名づけられました。

「豊玉」はホウギョクと呼ばれていたこともありましたが、1940年(昭和15年)に町名に採用されるとトヨタマに統一されたようです。


untitled / t-miki

11月 282011
 

練馬(ネリマ)

区名(練馬区)
町名(練馬区練馬)
駅名(西武池袋線、都営大江戸線「練馬」駅)

諸説がありますが、定かではありません。

①8世紀ごろ、武蔵と下総を結ぶ官道に「乗瀦」という宿駅があった(『続日本記<しょくにほんぎ>』)。これをノリヌマと読んで、ネリマに訛(なま)ったとする説。

②練馬の由来に、むかし馬どろぼうが、盗んで集めた馬を調練したところだという説。

③この辺は古代に土器を作る粘土が豊富で、材料の土を練るのに最適の場所であったため、練馬はネリバ(練場)だとする説。
 貫井(旧上練馬村)の遺跡から都内では珍しい窯場跡(かまばあと)が発見されています。

練馬区ホームページより http://www.city.nerima.tokyo.jp/annai/rekishiwoshiru/nerimanochimei/nanto/ima_nerima.html

④中世、この地を支配した豊島氏の家臣が馬術に長けており、家来に馬の調練(練る)をさせたことから練馬。

⑤石神井川流域の低地は広大な湖沼地帯で、下流の水田地帯からみて奥であったため、奥=根の沼、「根沼」が転じた。

⑥練ったような粘り気の多い土地であったことから「練り場」が転じた。

などがあります。

練馬区は、昭和22年(1947年)に板橋区から独立して、誕生しました。
そのときに、板橋区の約60%が練馬区になったそうです。

Old lady with her red umbrella on a wet narrow road
Old lady with her red umbrella on a wet narrow road / urawa

練馬の賃貸マンション

Get Adobe Flash player