2月 132013
 

青葉台(アオバダイ)

地名 : 目黒区青葉台

 
草木の多い土地だったので。

今では高級住宅地と言える地域ですが、昔は樹木が多く緑の豊かな土地柄だったそうです。
青葉の生い茂るイメージからこの地名になったそうです。

1969年(昭和44年)できたごく新しい地名です。

青葉台
青葉台 / Dakiny

12月 152012
 

鷹番(タカバン)

地名 目黒区鷹番
鷹狩りの狩場とその番人の意味からが有力。

江戸時代に将軍家は、江戸近郊に鷹狩りの狩場を設けました。

その狩場は、御鷹場(オタカバ)、御拳場(オコブシバ)※、御留場(オトメバ)※などと呼ばれました。

※鷹狩りの際に、鷹を拳にすえた(留めた)ことから。

八代将軍 吉宗(1684年~1751年(将軍職 1716年~1745年))のころに指定(整備)された御鷹場が六筋(6ヶ所)あり、その一つが目黒筋と呼ばれ、この地域にありました。

御鷹場の監視や管理をする番所があったことや、鷹狩りに携わる役職(番人)が住んだ土地から鷹番と呼ばれるようになったようです。

単に鷹狩りの狩場である鷹場(タカバ)がなまり、鷹番(タカバン)となったという説もあるように、鷹番の元々の意味が、番所なのか役職(番人)なのかははっきりしないようです。

どれもこれも鷹番と呼ばれていたのではないかとも思いますが。

 

鷹匠
鷹匠 / suneko

11月 272011
 

目黒(メグロ)

区名(目黒区)
町名(目黒区目黒)
駅名(目黒駅 JR山手線、東急目黒船、東京メトロ南北線、都営三田線)
道路名(目黒通り)
川名(目黒川)
橋名(目黒橋)

諸説あるが、由来は不明。

①牧場の畦道(あぜみち)から。
 牧場から馬が逃げ出さないように作った畦道(盛り土)を馬畦(めくろ)を呼んだことから。

②目黒不動尊から
 目黒区下目黒にある瀧泉寺は、江戸五色不動の1つに数えられます。
 
江戸五色不動が定められたのは江戸時代で、それ以前に目黒の地名が見られるため、由来の可能性は低いと思われます。
 ある説では、江戸時代には目黒不動を含め三不動であり、五不動となったのは明治になってからとも言われているそうです。

その他の五色不動村

目白不動 – 金乗院(東京都豊島区高田) 
目赤不動 – 南谷寺(東京都文京区本駒込)
目青不動 – 教学院(東京都世田谷区太子堂) 本来の寺名は平井の目黄と同じ最勝寺
目黄不動 – 永久寺(東京都台東区三ノ輪)
目黄不動 – 最勝寺(東京都江戸川区平井)
黄色が二つあるそうです。

 瀧泉寺は、開基が平安時代(808年)といわれ、そのときに安置された不動尊像の目が黒かったことからという可能性が高そうですが、その頃から目黒不動尊と呼ばれていた記述はみつかりませんでした。
 

③古来、関東地方は牧場が多かったので、馬の目や毛が黒かったことから。
 目黒、馬黒。

東京知ったかぶり 目黒区の地名の由来 より
http://www.geocities.jp/pccwm336/sub24.html

今でも、上目黒、中目黒、下目黒の地名が残っており、かなりの広範囲で目黒の名は親しまれたものと思われます。
それだけ広い範囲に影響を及ぼす何かがあったのでしょうが、今はもうわかりません。

ちなみに、目黒区は、それまでの目黒村と碑衾(ひぶすま)村が合併し、昭和7年(1932年)に東京市目黒区となり、昭和18年(1943年)東京都目黒区となったそうです。
目黒区ホームページより http://meguroku-net.com/meguro/P3-rekisi.htm

Ryusenji Temple Meguro Fudo 瀧泉寺(目黒不動)
Ryusenji Temple Meguro Fudo 瀧泉寺(目黒不動) / kawanet

目黒の賃貸マンション

Get Adobe Flash player