2月 242013
 

町屋(マチヤ)

地名 : 荒川区町屋
駅名 : 町屋駅(東京メトロ千代田線、京成電鉄)、町屋駅前(都電荒川線)

定かではありませんが、2つの説が有力です。

①古くから人が住み、町(集落)があったから。

国語辞典で「町屋」とは、町の中の家、商家、町、とあります。
「マチヤ」というと、京都の町家(屋)が有名ですが、要するに人が住み、家が連なる様子ということ。

②耕作に適した良質の土地を「真土(マツチ)」と呼びます。
「真土(マツチ)」とはその土地だけでなく、その土のこともそう呼ぶようで、良質の土の意味でもあります。

かつてこの地では、焼き物や土壁の土等、生活に使われる良質の土が取れたそうです。
その土は沢から取れたので「真土谷(マツチヤ」となり、それがマチヤ(町屋)になったとされます。
良質な土を売っていたかもしれず、「真土屋(マツチヤ)」もあったのかもしれません。

Kingyo-ya Kingyo-ya / Omar + kamitera

12月 192012
 

日暮里(ニッポリ)

地名 荒川区東日暮里
    荒川区西日暮里

駅名 日暮里駅(JR山手線、JR京浜東北線、京成線、舎人ライナー)
    西日暮里駅(JR山手線、JR京浜東北線、東京メトロ千代田線)

① 新しい街の意の「新堀」(ニイホリかニイボリかは不明)

② 「一日過ごしても飽きない里」の意味で「ひぐらしの里(日暮らしの里)」と呼ばれるようになったこと

との両方が合わさって、日暮里になったようです。

元々この地域は、「新堀(村)」と呼ばれていました。
いつからかはわかりませんが、室町時代にはそう呼ばれていたそうです。

「新堀」とは、新しい街という意味のようで、その頃は街というよりは集落といったものだったのではないでしょうか。
それまで、人の住んでいない地域に人が住みはじめ、当時は盗賊などの外敵や獣の襲来に備え、堀(溝)を掘って集落を作ったことはたやすく想像されます。
高い塀や壁を作るよりは、技術的、労力的に楽でしょうし、機能的ですからね。

当時の人もその堀が特徴的であったため、新しくてきた堀ということで、「新堀」と呼んだのではないでしょうか。
「新堀」の由来については、筆者の想像ですので、ご了承ください。

いずれにせよ、「新堀」と呼ばれていたこの地域に、江戸時代になると、多くの寺院が移転してきたそうです。
その寺院らが桜やツツジ等を植え、庭園を造るようになり、それを見に多くの花見客が訪れるようになったそうです。
それにより江戸の名所となり、「一日過ごしても飽きない里」の意味で「ひぐらしの里」と呼ばれるようになったとのことです。

そして「新堀」の音に「日暮里」の漢字が当てられて、日暮里と呼ばれるようになりました。

江戸時代にはすでに日暮里と呼ばれていたようですが、「新堀」と「日暮里」の両方が使われていたらしく、1887年(明治10年)に正式に「新堀」から「日暮里」に表記されることになったそうです。

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11月 292011
 

荒川(アラカワ)

区名(荒川区)
町名(荒川区荒川)
河川名(荒川)

荒川区の北東部を流れる荒川から。

荒川区の北東部を流れる川は、現在は隅田川と呼ばれています。
荒川は、その名の通り「荒れる川」の意味で、頻繁に氾濫し洪水が起きました。
荒川の水勢を弱めるため、川を分岐し、流れを二つに分けました。(1924年(大正13年)に完成)

そのときに新しく造られた大きな流れが、現在の荒川となり、元の旧荒川が隅田川となったそうです。

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Horikiri sanpo_03 / ajari

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