1月 252013
 

錦糸(キンシ)

地名 : 墨田区錦糸

駅 : 錦糸町駅(キンシチョウ)(JR中央・総武線、東京メトロ半蔵門線)

現在の錦糸町駅の北側にあった堀が錦糸堀と呼ばれたことから。
なぜ錦糸堀と呼ばれたかは不明。

錦糸堀の由来は、諸説ありというより不明というのが正しいのかもしれません。
一説には、「岸堀がなまった」や「この辺りで琴糸を作っていた」とか、「朝日夕日にきらめくお堀の水面が金糸のようだから」などとあります。

岸堀とは堀の岸の意味なのかよくわかりませんし、琴糸が名産ならもっと記録が残っていてもよさそうだし、水面がきらめくのは他のお堀でもいっしょだし、説得力がどれも不足ではないでしょうか。

江戸末期から明治にかけて活躍した歌舞伎作家、河竹黙阿弥の作に「孝女お竹」があります。
この話の舞台の一つが「錦糸堀」であり、「錦糸掘」を記録する唯一の文献だそうです。
そうすると、この作品が元で「錦糸掘」という名が広まったと考えたくなります。

かってな想像なのですが、「錦糸掘」は河竹黙阿弥の全くの創作で、何らかの思惑で、もしかしたら適当に考えられただけなのかもしれません。

1872年(明治5年)、本所錦糸町ができ、1911年(明治44年)、錦糸町の地名になりました。
1915年(大正4年)には、総武線の駅名も錦糸町に改称されました。
その後、1967年(昭和42年)に新住居表示により「錦糸」の地名になりました。駅は今でも錦糸町です。


 
錦糸(町)の由来となった「錦糸堀」は、江戸時代の怪談として有名な「おいてけぼり」としても知られています。

この「おいてけぼり」は、本所七不思議と呼ばれる奇談・怪談の一つで、こんな内容です。

本所付近はお堀(水路)が多く、魚がよく釣れました。ある日、錦糸町あたりの堀で釣り糸を垂れたところ、非常によく釣れ、夕暮れになり帰ろうとすると、堀の中から「置いていけ、置いてけ」という恐ろしい声がしたので、恐怖に駆られて逃げ帰ったという話です。逃げ帰った後は、魚が消えていたとか様々な話に派生しているようです。

この話は、錦糸(町)の由来とは、関係がないので本編に載せませんでした。

しかし、ここで、もう一度「錦糸掘」を舞台にした歌舞伎、河竹黙阿弥作の「孝女お竹」の登場です。

作者は、当時でも有名だった「おいてけぼり」を話の舞台にしようと考えました。
しかし、いくら大衆文化の歌舞伎とはいえ、親孝行な娘を主人公にした真面目な話の舞台が「おいてけぼり」では、話が締まらない。
そこで作者は考えた。

「おいてけぼり」は、「魚を釣っちゃいけない堀」、ということは「魚を取ってはダメな堀」、すなわち「魚取り禁止の堀」→「キンシ堀」

ここで、もう一考。

「おいてけぼり」では締まらない。だからといって「禁止掘」も、ストレートすぎておもしろくない。
これも歌舞伎の舞台にそぐわないと考えた作者は、「錦糸」の字に置き換えて、「錦糸掘」にしたのではないか。
「錦(にしき)の糸」とは、歌舞伎のイメージにもよく合うと思いませんか。
この辺が江戸の歌舞伎作家のユーモアと言えなくないでしょうか。

それでは、これを錦糸(町)の地名の由来の新説ということで、「錦糸(町)はおいてけぼり」説とします。なんちゃってー。
何一つ証拠がないので、信じちゃだめですよー。

Street Live
Street Live / oisa

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